夕闇迫れば

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検査の実態と歴史

 Q 検査そのものは悪くないのに、それを受け止める社会が悪い、ということでしょうか。

 A その「検査そのもの」という言い方に、実は問題が隠されていると思います。「検査そのものはまちがっていないのに社会が・・・」という言い方によって、過去の検査の趣旨や実態が問い質されなくなっているからです。
 検査の実態とその歴史を、きちんと見ておく必要があるのは、このためです。

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 一般に、「検査」と聞くと、どんな情景を思い描くでしょう。たいていの人は、たとえば血圧検査を受けて「すこし血圧が高いようですね、そのままだとこんなリスクがあります。でも、日常生活でこういうところに気をつけていれば改善できる可能性もありますよ」のような「インフォーメーション」と「助言」があるのを想起するでしょう。場合によれば、身体的・精神的な「治療」や「ケア」があるのを、思い浮かべるでしょう。もちろん、専門の先生と診察室で話し合っているというセッティングを想像するでしょう。
 色覚「検査」は、そんなものではありませんでした。

 病気とはちがいますので、以下、「治療」は除外して考えます。

 色覚検査の歴史の大半において、すべての児童が学校で身体測定や視力検査と同じように行列になって検査を受けました。衆人環視状況の検査で当事者が大きなショックを受けた歴史があります。
 1990年代半ばから養護の先生が別室でおこなうよう改められ、進路指導のためではなく教育上の配慮のためと趣旨も変更されましたが、しかしそれでもただ「異常」とだけ告げられて当事者が不安になるだけ、といった事例も報告されていました。

 そのように当事者には「赤緑色弱です」とか「色覚異常です」のように、名前だけが告げられ、当人がどんな色覚を持っているのか具体的に説明されることはありませんでした。
 私も当事者でしたが、自分にどんな対象のどんな色合いがどのように見えがちなのか、私は知りませんでした。検査を受けても自分について知らされることがなかったのです。それで「自覚」を求められても、なんともしようがありません。

 そんな具合ですから、進路についての指導といっても、その実態は、個別のケースに即した相談とかカウンセリングなどではありませんでした。「これこれの道は避けたほうがよい」という、十把ひとからげの一方的、禁止的な通達でした。
 私の場合、小学校低学年の時点ですでに、自分は医学、美術、工学、教育などの道には進めないのだと(もちろんアヤフヤながら)知っていました。

 誰かに「相談」しようにも、何をどう話してよいやらわかりません。周囲に対してどんな配慮を求めればよいのかも、わかりませんでした(学校で、職場で、公共空間で)。
 いや、そもそも「自分には配慮を求める権利がある」という発想がありませんでした。ただただ、目が悪いんだから仕方ない、としか思っていませんでした。
 残念ながら日本社会ではいまだにそうではないかと思われます。

 ですから当事者が周囲に理解や配慮を求めることもできませんでしたし、しようとしても具体的に何を求めればよいのかもわからない状態でした。これでは世間もまるでなんだかわからず、進路が制限されても「仕方ない」になってしまいます。学校教育の現場でも配慮が系統的になされた形跡はあまり見当たりません。「赤チョークは使うな」といった指示に終わっていた場合もあったようです。

 こういった歴史のなかでは、「自覚」とはただ、前もって支障や制限の事実を知って身を引いておくべき、という意味にしかなりませんでした。そのために検査をしておくこと、つまり「自制」をうながすことが「当事者の利益」とされてきたのです。

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 総じてみると、かつての色覚検査においては、検査だけあって事後対策がなかった(弱かった)点が根本的です。具体的に、
 1)当人の色覚特性を当人に「説明」することすら、なされていなかった。
 2)教育上の配慮、相談の体制、ケアの体制が整っていたとは言いがたい。
 3)禁止的な注意はあっても、積極的な当事者支援という発想に欠如していた。
 4)社会環境や社会的習慣の改善に向けた提言・提唱がなかった(カラーバリアフリーの提唱などは概ね2000年代に入ってからです)。

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 裏返してみると、今後、検査をどのようにするべきか、そのおおよその方向性も見えてくるでしょう。

 ・多様性の尊重・人権尊重が大前提。
 ・その観点から、子どもの未来を広く遠く見通す姿勢を持つこと。
 ・教育上の配慮、そのための医療と学校の連携、ケア、カウンセリング、進路相談などがあるべきこと。
 ・当事者を積極的に支援する方策を探究すること。
 ・社会環境や社会的習慣の改善(バリアフリー、ユニバーサルデザイン)を常に希求すること。
 ・商品や公共空間における標示だけでなく、働く場の環境や習慣も改善の対象とすること。
 ・これらについて当事者に知識を提供し、説明すること。

 −−これらはなにも私の「私見」や「独自の見解」などではありません。ほとんどが1990年代から2000年代にかけて出されていたものです。

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 こういったふうに、全体としての体制がかつてどのようなものだったのか、それが今後どのようなものになるのか(なるべきなのか)、その吟味と構想なしに検査「それじたい」が是か非か、「色弱」の指摘は善か悪かと議論しても、あまり生産的ではないでしょう。

 こうした歴史が忘却されている結果、検査が生み出していた社会問題に対してなされた批判が、しばしば、検査が当人にとって苦痛だったといった感情の問題として、処理されてしまっています。いや確かに検査が当事者にとって一種のトラウマ体験になっている場合も多いのです。しかし、その心の傷について共感的に想像してみよう、というよりもむしろ、「もっと前向きに、強気で受け止めればよいではないか」といったお説教がなされ、裏返しに、差別というのもそうした当事者の消極的な感情の問題だというように処理されてしまう場合が、しばしばあります。
 そうではなく、これは、「教育機会、職業選択、社会生活にかかわる人権の問題」です。つまり、試験での不出来といった当人の努力不足のせいではなく、当人にとっていかんともしがたい身体的特性が何の説明もないまま問題視されて進学や入社が断られたり、現状の技術や習慣を改善するための検討もしないまま当事者が教育を受けたり社会生活を送るのが困難だとされるばかりなら(そして商品や公共サービスの受け手としてばかり「優しく」されるとしたら)、「それは差別だ」と言ってよいはずではないでしょうか。名誉や感情の問題ではありません。

 過去の歴史をふりかえり、反省点をふまえたうえで、「どんな趣旨で」「どんな風に運営するのか・できるのか」を吟味するとは、こういうことなのだと思います。
 それのない「検査それ自体は悪くない」論は、旧弊を再現させかねません。いや、その論理でただ検査が「再開」されるだけなら、ますますカラフル度をましつつある今日の社会環境の中、かつてよりも悪い事態を招く公算すらあると懸念されてなりません。そんななかで検査だけしてあとは当人の「自覚」まかせ−−そんな結果になるのなら、そんな検査には道理がないと私には思われます。

 □ 2018年1月8日版

 □ 2016年2月7日初版 □ 2016年6月・2017年3月・10月改訂

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