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資料

『小眼科学』 診療所感

 『小眼科学』の扉部分には石原忍の信念にもとづく心得が掲げられている。彼はまた診療にあたっても倫理綱領的な内規を作って実践していたという。
 これは立場にかかわらず知っておいてよいことであろう。いやむしろ、色覚検査に批判的な立場からこそ、知っておいてよいことだと思われる。ただしそれは、色覚問題についてはともかく、石原の「人格」については見直すべきだ、という意味ではない。そうではなく、この倫理を掲げた人物がどうして色覚については差別だとついに思いつかなかったのか、という問題を、それは今日に提起するからである。

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 『小眼科学』第4版より

 目次ののち、本編の始まる前に、まる一頁を使い、次の文言が掲げられている。手持ちの第二版にはない。

 患者 ニ 接 スル 時 ハ 常 ニ 自 カラ 病気 ト ナリタル 場合 ヲ 想 ヒ 患者 ニ 同情 シテ 親切 ニ 取扱 ヒ 自然 ニ 反 セズ 人力 ヲ 尽 シ 只管病苦 ヲ 軽減 セムコト ヲ 心掛 クベシ。

 他の史料によれば、これは弟子の一人に対して書き与えられた診療訓であり、その色紙はのちに複写されて希望者たちが分かち持ったという(鹿野 1984: 235-6)。

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『小眼科学』 第17版より「診療所感」

 手元にある1971(昭和46)年の『小眼科学 17版』では、やはり目次ののち、本編の始まる前、「石原忍」の名前入りで、2頁にわたり、次の8箇条が掲げられている(すでに故人となっているが同著は石原忍を「創著」として出され続けた)。 上にみた初発形態のものからここまで各版でどのような変遷をとげてきたのかは、確かめえていない。

診療所感

 1.医師のつとめ
 医師のつとめは、病気に悩んでいる患者の苦痛を除き、その生命を救い、さらに進んで人体の健康を増進し、その生命を延長することである。それゆえ医師は、自分に与えられたつとめが尊いものであることを心にきざみ、常に仁愛の心をもって患者に接するのが、その本来の姿である。

 2.医師と患者
 だれしも好んで病気になる者はない。もし不幸にして病気になれば、多くの場合、肉体の苦痛の上に、さらに精神および経済上の損害が加わるのである。それゆえ医師は、常にこの不幸な患者に同情し、患者の苦しみを自分の苦しみのように思って、誠心をこめて診療し、病気がなおって患者が喜べば、自分も共に喜ぶ。この喜びが医師に与えられる最大の報酬である。

 3.医は仁術
 医は仁術である。これは医術が人を救う術であるからであって、決して報酬を要しないという意ではない。しかしまた、医術はこれを施すのが本義であって、報酬を目的とするものではない。適正な報酬は、仁術を施した謝礼として、医師に与えられるものである。

 4.医師と学術
 診療は常に学術に基づいて行なわれるべきものである。それゆえ医師はまずもって医学および医術を十分に習得し、さらに日夜その研究に努め、日進月歩の学術におくれないように、絶えず努力すべきである。
 これと同時に医師は、決して人を過信することなく、常に自然の絶大神秘な力に逆らわないように注意することが肝要である。医師は病気をなおす前に、まず病気を悪くしないように心を用いるべきである。

 5.肉体と精神
 患者には肉体の病気と同時に、精神にも異常がある場合が多い。それゆえ医師は、患者の肉体を診療すると同時に、患者の精神を和らげ、患者の信頼を得て、心身両面よりその健康を回復し、病気の再発を防ぐことが肝要である。

 6.医師と修養
 医師が患者の信頼を得るためには、まずもって自分の精神を修養して、大衆の指導者たるの資格を充実することが必要である。われらの先人は、医学医術と並んで、医道の研究を怠らなかったものである。むかしから医師と儒者と僧侶とは共に、世の指導者と見なされていた。この医師の高い地位は今後とも続けたいものである。

 7.眼と失明
 眼は人類の活動の源であり、知識や楽しみの取入口でもあり、また容貌の中心でもある。それゆえ眼を病み、視力を失うことは、その人にとって、実に死に次ぐ悲惨な恐るべき出来事である。また眼は感覚が非常に鋭敏であるから、眼の病気は患者に苦痛を与えることが殊に大きい。それゆえ眼科の診療に従事する医師は、常に眼病者に同情して、患者の苦痛を軽くし、その視力と外貌とを、いくぶんでも良くするように、最大の力をつくすべきである。

 8.眼科の特長
 眼の病気の大部分は視診することができる。それゆえ、診断が正確で、経過の判定も容易で、的確な治療ができる。
 眼科は通常苦痛が大きいから、医療によってその苦痛が去れば、患者は非常に感謝する。
 眼科医は閑静の地に住んでいても、その技能が優秀であれば、患者は遠方からも集まって来る。このことは医師の健康を保持するために良い。
 そのほか、眼科には往診もなく、夜中に起こされることも少ない。また規定の時間外に来る患者も少ない。それゆえ眼科医は、読書や余技や、休養などに必要な時間を持つことができる。これは医師にとって非常に幸福なことである。

 石原 忍

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診療内規

 以下は岡島(1997: 330)による。石原は次のような訓戒を掲げていたという。

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文献

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