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事故の利用:仙台の自動車事故

 ある交通事故。2016年2月24日『毎日新聞』は次のように報じた。電子版、東京朝刊、29頁、総合面から、コピーで引く。ただし被告人名は■で伏した。
 

 【資料1】
 仙台・2人死亡事故:「色覚障害者に見やすい信号だったら…」 被告、公判で訴えへ

 一時停止義務を守らず乗用車で交差点に進入し、タクシーと衝突して2人を死亡させたとして自動車運転処罰法違反(過失致死)に問われた宮城県富谷町、中学教諭、■被告(52)の初公判が23日、仙台地裁(村田千香子裁判官)であった。■被告は起訴内容を大筋で認めて謝罪した上で「先天性色覚異常があり、赤点滅の信号を黄色点滅と見間違えた」と述べた。
 弁護側は今後、信号機が障害のある人でも見えやすい「ユニバーサルデザイン」に対応していなかった点などから、情状酌量を求める方針だ。
 起訴状によると、■被告は2014年6月16日午前5時10分ごろ、仙台市泉区の市道交差点で、一時停止義務のある赤色点滅だったにもかかわらず、時速40〜50キロで進入。黄色点滅で左から来たタクシーと衝突し、男性運転手(当時65歳)と乗客女性(同63歳)を死亡させたとされる。検察側の冒頭陳述などによると、現場の信号機は午後8時から翌午前6時まで赤と黄色の点滅表示だった。【伊藤直孝】
 ◇LED型、点滅「見えにくい」声多く
 色覚障害は色の区別がつきにくい先天的な遺伝子異常で、日本人で男性の5%、女性の0・2%、計300万人以上いるとされる。東日本大震災以降、全国で消費電力の少ないLED(発光ダイオード)型への信号機切り替えが進むが、従来の信号機よりも色が見えにくいという指摘もあり、専門家は「誰にでも見やすい信号機の導入を進めるべきだ」と提言する。
 道交法施行規則は免許取得の際に赤、青、黄色を識別する適性検査を義務づけている。日本眼科医会理事の宮浦徹医師(大阪)は「色覚異常は日常生活で不都合はほとんどなく、信号機の識別も通常は問題ない。異常を自覚しているなら慎重に運転すべきだった」と指摘する。その一方で「LED型信号や点滅信号は見えにくい、という話をよく聞く」とも話す。
 識別しやすくするため、九州産業大の落合太郎教授(環境デザイン)は、赤信号の中に特殊なLEDを配置して「×」印を示し、色覚障害の人にだけ「×」が遠くからでもよく見える「ユニバーサルデザイン信号機」を考案。2012年に福岡市で2カ月間設置する社会実験を行った。規格化すれば従来型と費用は変わらないとして、警察庁などに実用化を呼びかけている。
 米国やカナダでも赤信号の形状を変えるなど、色だけに頼らない信号機が試験設置されているという。落合教授は「色覚異常の人の多さを考えると、免許取得条件を厳しくするような規制強化は現実的ではない」と話す。【伊藤直孝】

 

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 記事の中で、私が目を止めたのは次の部分である。
 「被告は起訴内容を大筋で認めて謝罪した上で「先天性色覚異常があり、赤点滅の信号を黄色点滅と見間違えた」と述べた」

 色覚異常が交通事故の原因になるのではないかという懸念は古くからあった。
 しかし−−

 第一に、それは当事者から不安の声があがるというよりも、眼科の専門家が危険を想像してきたのだった。
 色覚検査が一般化するきっかけとなったのは、19世紀の後半、1875年の「ラーゲルルンダの列車衝突」であった。その時点からそうだった。証拠もないのに、色覚異常が事故を引き起こした、と、世界的に流布されたのである。

 もっとも、第二に、専門家はさすがに慎重であった面もある。私も日本国内での研究史にあたった限り、「色覚異常が交通事故の原因になった」と論証できた眼科的研究は見当たらなかった。
 なかには断言口調で交通事故に関する色覚原因説を主張する専門家もあるにはあった。慎重な専門家もそれを強くとがめることはせず、懸念を共有してはいた。しかしそれは、かつての「交通戦争」時代において、「万一のことを考え」とか「安全第一で」といったものだった。そこには、はっきりとした因果関係が認められたわけではないが、という前置きがあった。

 記事に登場する日本眼科医会理事の医師も、「信号機の識別も通常は問題ない」と指摘している。こうした研究史をふまえてのことであろう。

 −−ところが、このケースでは、事故を起こした当人が自分の色弱が原因であると自己主張しているというのである。それで情状酌量と信号のユニバーサルデザイン化を求めると。

 管見の限り、これは当事者がみずから「私は色弱のせいで事故を起こした」と訴えた初めてのケースではないだろうか。

 

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 もちろん、当事者がそう言っているからといって、事実その通りだなどというわけにはゆくまい。

 しかも、その陳述(少なくともその報道)に揺れがある。

 すなわち、上述の記事では、被告の弁として「赤点滅の信号を黄色点滅と見間違えた」のであった。しかし、2016年07月20日『河北新報』によれば、弁護側は「背景には街路樹が茂り、信号と木々の緑が混在して見えづらい状態だった」と述べた。

 赤点滅と黄点滅の混同と、街路樹の緑の中での赤点滅。どちらなのか。

 いずれにしても「慎重に運転すべきだった」という意見も当然ありうるだろう。色弱の自覚があったのであれば、なおさらである。

 当の個人の不注意だったにもかかわらず、それが色覚異常のせいにされれば、疑いの目が全ての色覚少数者に向けられかねない。私はそこが心配になった。

 色覚が原因となって交通事故が起こるのではないかという疑念は、ひところ一般社会に広く流布していた。それを懸念した専門家も少なくなかった。当事者は、自分に不利になることを案じて色弱のことを隠しているのではないか、とさえ言われた。ほとんど際限のない疑念を生んできた歴史があるのだ。

 

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 その心配は残念ながら杞憂に終わらなかった。

 『毎日小学生新聞』(2016年2月25日付ーー【資料1】記事の翌日)は、同事故について、「ニュース交差点 社会 色覚障害者も見えやすい信号を」と題し、次のように報じた。

  【資料2】
 色の区別がつきにくい「色覚障害」のある人は、日本人で男性の5%、女性の0・2%、計300万人以上いるとされています。信号機は、色で「止まれ」「進んでもよい」などを表しますが、色覚障害の人は見分けにくく、事故につながることがあります。
 このため九州産業大学の落合太郎教授は、赤信号の中なかに特殊なLED(発光ダイオード)を配置し、色覚障害の人にも見分けやすい「ユニバーサルデザイン信号機」=イラスト=の実用化を呼びかけています。
 2014年6月には、色覚障害のある人が、色を見間違えて交通事故を起こし、2人が亡なくなっています。

 「色覚障害のある人が、色を見間違えて交通事故を起こし」と、「事実化」されてしまっている。
 しかも、まだ裁判は終わっていない。つまり当人の言が受け入れられるか否かの判断もなされておらず、それをめぐって議論中なのに、その一方である弁護側の論理だけが紹介された形である。さらにしかも、学校の廊下や保健室などに貼り出され、当事者を含む生徒が見るであろう小学生新聞に。

 私はこれは「ユニバーサルデザイン」を訴えるための「事故の政治利用」であると思う。すなわち、ユニバーサルデザインを主張するために、根拠もはっきりしないまま、色覚異常と交通事故との関連を、勝手に事実として認定してしまったのである。

2016年8月17日 facebook 大幅加筆
 

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