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報道における「色覚障害」 1

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0.はじめに

 最近、「色覚障害」とか「色覚障害者」という言葉が、とくに新聞で、定着しているように感じる。

 もとより古くからある言葉なのだが(1)、いつごろから一般的に使われ始めたのか。
 また、それはなにを指しているのか。先天性の色覚異常の代用語なのか、それとも加齢や疾病などによる後天的な色覚の変容をも含めた、より広いカテゴリーが新たに成立したのか。

 気になったので、すこし調べてみた。
 まだまだ途上で、作業課題は多く残されているのだが、とっかかりとして『朝日新聞』の場合を報告する。

 作業としては、とりあえず簡略、大筋の確認を旨とした。
 すなわち、朝日新聞社のデータベース「聞蔵II」の基本コンテンツから、1985年から2015年までの『朝日新聞』について、「色覚障害」「色覚異常」「色盲」「色弱」の4語について、検索した。それらの言葉が見出しや本文で用いられている記事がピックアップされる。全国面も地方面も含む。
 その限りで、検索にヒットする「記事」の数を集計した(2)

 全般的な前置きとして、これは新聞に見る「日常的通称」の調査である。呼称に関する専門的議論(たとえば「異常三色型色覚」とか「2型3色覚」などを含めた議論)とは必ずしも一致しない。
 とはいえまた、それは「新聞」に特殊な内部事情についての探究ではない。「一般的に通りやすい(したがって選ばれやすい)言葉・論理」の事例として、これを取り上げる。

 報告は資料にもとづくが、それは上述のような課題意識なしにはおこないえないことであって、以下の報告には、単に事実の紹介だけでなく、関連する考察・評価が含まれている。


1.概況: 「色覚異常」から「色覚障害」そして「色弱」へ

1-1.「色覚障害」

図1 朝日新聞における「色覚障害」出現記事の推移:1985年から2015年まで
 【図1】 『朝日新聞』における「色覚障害」出現記事の推移:1985-2015

 まず、「色覚障害」という用語について見ると、次のことを読み取ることができよう。

 【出現傾向1】 「色覚障害」
 1: 検索結果総数は88例。前々から使われていた言葉だった。
 2: しかし、2003年以後の使用が目立っている。
 3: ただし、1998年、10記事に「色覚障害」が用いられている。
 4: その後、少し減っていたが、2003年に12例となり、その後、2015年にいたるまで、全国面と地方面とを問わず、毎年のように記事例が見られる。地方面がその半数以上を占める年が珍しくない。
 5: しかし、その後半の時期にも、2003年における最初のピークを越える年はなく、大勢としては右肩下がりの減少傾向にある。

 これらの知見について少し補足しておこう。

 検索対象となっている時期のまんなか、2000年を境にしてみると、それ以前は30例。全体の三分の一である。つまり、後半の15年には前半の15年の倍の頻度で用いられたことになる。
 少なくとも1997年以前における使用は散発的なものにとどまっていた。1985年から1997年までの12年間で同語を使用した記事の数は14例(うち二つは重複カウント)。もっとも出現数が多い年でも3例。まったく出現しない年も5つある(1988年、1989年、1990年、1994年、1996年)。地方面では2例のみである。

 1998年における突出については後に詳しく述べるが、特定個人の連載記事によるものである。

 2003年以降の増加について、内容については後述するが、大半が「バリアフリー」「ユニバーサルデザイン」の紹介とセットになったものである。

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1-2.「色覚異常」

 他方、「色覚異常」出現記事の推移を見てみると、次のことがわかる。

図2 朝日新聞における「色覚異常」出現記事の推移:1985年から2015年まで
 【図2】 『朝日新聞』における「色覚異常」出現記事の推移:1985-2015

 【出現傾向2】 「色覚異常」
 1: ヒット件数は131。広く用いられてきた言葉だと言ってよいだろう。ほぼコンスタントに年間5〜6例ずつ、主に全国面で用いられていた言葉である。
 2: しかし、2005年以降、使用例は激減した。全ヒット件数131のうち110、つまり8割以上が、2004年以前である。
 3: 2003年〜2004年が先述「色覚障害」への入れ替わり期だった、と見ることができる。
 4: 2013年、10年ぶりの突出が見られる。
 5: なお、1994年に最多の突出がある。

 以上を補足する。

 2013年の突出は、2003年から学校における一斉の色覚検査が必須でなくなって以後、10年を経て、色覚検査の必要がまた訴えられたことと、それをめぐる議論によるものである(9件中5件)。
 眼科の専門的な用語としては「色覚異常」が採用されているので、それに関する言及では新聞でも使用例が増えるのであろう。ただし、ある記事にはその「色覚異常」という呼称そのものへの異議があることも紹介されている。

 1994年の突出については、学校における色覚検査について大きな変更のあった年なので、これもそのためだろうと憶測されるかもしれないが、実はそうではなく、それ関連の記事は1つのみである。
 それよりも、「日本色覚差別撤廃の会」が立ち上げられ、検査撤廃を陳情するなどの活動を開始したこと(名古屋版との重複を含み5記事)、色覚差別の撤廃に大きく寄与してきた高柳泰世に朝日福祉賞などが与えられたこと(重複を含んで7記事)、また、朝日新聞の記事に関する訴訟(某色盲治療クリニックをインチキだと書いて当の詐欺師たちから訴えられた)が逆転勝訴したことなどが、その背景である。
 新聞紙上に登場する記事の数だけでいえば、1994年が「色覚差別批判」のピークだった、とも言える。

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1-3.「色弱」

 次に「色弱」を見てみよう。

図2 朝日新聞における「色弱」出現記事の推移:1985年から2015年まで
 【図3】 『朝日新聞』における「色弱」出現記事の推移:1985-2015

 【出現傾向3】 「色弱」
 1.ヒット総数は95件。多少の増減を繰り返しながらも、途絶することなく用いられてきた言葉だと言ってよい。2010年代以後も毎年4〜7例ほどの使用が続いている。
 2.近年、見出しへの登場が目立ってきている。すなわち、2007年より前、見出しとしての登場は20年間で全国面の6例であったが、それ以後の10年では全国面・地方面あわせて12例にのぼっている。

 補足すると、「色盲」「色弱」には注意すべき点がある。
 「色盲」は、元来、専門的にも用いられた言葉だが、それほど厳密な呼称ではなく、「通称」としての性質も濃かった。しかも、「色盲」には、「色盲・色弱」のように「色弱」と区別されるところの「色盲」と、「先天性色覚異常」の総称としての(つまり「色弱」をうちに含んだ)「色盲」とがあった。
 新聞紙上では、これと同様のことが「色弱」について見られる。

 たとえば、1984年10月の記事見出し「色弱ゆえ差別 企業は再考を」(投書)における「色弱」は、「先天性色覚異常」の総称であろう。1991年8月の記事見出し「色弱差別なくなって」も同様であろう。いずれも、「色弱」を理由とした制限は不当だが「色盲」なら話は別、といった意味ではない。

 「色盲」があまりにも強い負性を伴っていたために、このような用例が発生したのではないだろうか。

 これに対して、1986年2月17日の記事見出し「色盲・色弱者を国立大が率先差別」といった用例では、「色盲」と「色弱」が区別(並列)されている。

 が、見出しレベルで追う限り、このような「色盲・色弱」のような並列はあまりなく、その後しばらくは「色覚異常」ないし「色覚障害」による総称が続く。「色盲・色弱」は問題的な「色盲」を含むし、「色弱」だけだと全体を指せないかもしれないのだから、そうなるのも理屈である。

 その総称としての「色覚異常」が2003年から2004年にかけて「色覚障害」へと変わり、それが「色弱」へとシフトしてゆく節目が2007年だった、とも見える。

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1-4.「色盲」

 次に「色盲」を見てみよう。

図2 朝日新聞における「色盲」出現記事の推移:1985年から2015年まで
 【図4】 『朝日新聞』における「色盲」出現記事の推移:1985-2015

 【出現傾向4】 「色盲」
 1: 検索結果は65記事。検索した四つの言葉のなかで最も少ない。「色盲」は、少なくともここ30年の『朝日新聞』においては案外に用いられていなかった言葉だと言える。
 2: しかも、この30年間を通して減少傾向にあり、とくに2004年以降はまったく現れない年が増え、現れても年間2例を越えることがない。
 3: 使用例のほとんどは全国面での本文で、見出しに登場したのはまれ。
 4: 地方面には見出しにも本文にもほとんど登場したことがない。同30年間で7例のみである。

 補足すれば、「色盲」が単独で用いられたことはあまりなく、多くが「色弱」「色覚異常」「色覚障害」との並列ないし言い換えを含んでいる。

 見出しでは単独になることもあるが、見出しへの登場それ自体が多くない。1985年から2015年までの30年間で、見出しに登場したのは6例、それも3例は1986年に集中しており、そのうち2例は朝日新聞社がかかわる訴訟関連である。そののちは1994年、1996年、2006年に一件ずつ。

 「色盲」は、先述のように、もともと曖昧な用語であった。そのうえ「色が見えない」式の大きな誤解を招いていたし、「盲」に与えられた負性をも引き継いで、一般には差別語と受け止められる用例もあった。
 そこで、1980年代にはすでに問題含みの用語として認知されていたのであろう。

 「色盲」に関しては、むしろこのたび検索したのよりも以前の用例を研究する必要があろう。

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1-5.知見のまとめ

 以上をまとめてみれば、おおむね次のように言えるであろう。すなわち、

 【知見のまとめ】 用語の変遷
 1: 「色盲」はすでにあまり用いられなくなっていたが、とくに世紀転換期前後を境に、廃れていった。
 2: 眼科的用語である「色覚異常」が広く用いられていたが、2003年あたりを境に、「色覚障害」に取って代わられていった。
 3: 近年ではさらに「色覚障害」よりも「色弱」のほうが選ばれる傾向がある。

 この知見には冒頭に掲げた作業の限定がかかっていること、言うまでもない。

 なお、拙著『色覚差別と語りづらさの社会学』において私は、2011年からいくつか見られた気象庁の「警報」に関する色合いの報道に関して、「これら警報の色の改革に関する報道では「色覚障害」「色覚障害者」という言葉が多用された」と書いた(83頁)。

 この文言が、2011年から「多用され始めた」という思い込みを含んでいたとしたら、それは誤りであることになる。第一に、それは長らく使われてきた言葉であり、第二に、近年における頻出も2011年前後に始まったことではなく、2003年あたりから見られることである。

 ただし、2003-4年において使用例の過半が地方面だということは、その印象に、読者の居住地によって大きなちがいがあることをも意味しているだろう。2011年、大震災後の警報に関する報道で全国面の見出しに登場したことは、やはり広範囲にわたって強い印象を残した、と言えるかもしれない。

 言葉の「意味」については次節以降で引き続き考える。


(1) たとえば石原忍の『小眼科学』第二版(昭和4年)にも登場するのだが、「色覚ノ障碍ニハ先天性ト後天性トアリ」のように先天性の色覚異常よりも広い意味で用いられている場合もあれば、「紅緑異常ハ色覚障碍中最モ多クシテ」のように先天性の色覚異常と同じように用いられている場合もある。→本文へ

(2) もちろん、この時期以前も問題だし検索可能ではあるが、このたびは割愛した。
 検索にあたり、「同義語」はヒットしないよう設定した。だから、「色弱」という言葉について検索したときに、その言葉が現れないで「色覚異常」が現れる記事がヒットする、といったことは生じていない。
 検索キーワードの設定として、「色覚」+「異常」ないし「色覚」+「障害」といったように、複数のキーワードに分割する方法もありうるが、このたびはとりあえず煩雑を避けた(両者が直結する場合のみを拾ってくれるとは限らない)。
 同一記事の中に、これらの用語の複数が混在する、ということはある。この場合、同一記事が「色盲」検索にも「色覚異常」検索にもヒットするという結果になる。これは、集計上、補正していない。これらの語がどれほど用いられたかを探っているのだから、むしろその目的にはかなう。
 これとは別に、同一ニュースが複数の異なる地方面で報じられているような重複もある。たとえば、中国地方全般に関する同一事実が、広島と岡山でそれぞれ同一内容の記事になる、というようにである。これについては注釈が必要であろう。突出した数になるなど、重要な箇所では、本文で断った。
 「地方面」という検索結果があるわけではない。「山梨」「佐賀」のような検索結果が現れる場合に、それを「地方面」とカウントした。
 →本文

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■ 2016年9月24日版