さらに興味深いのは、前掲『つくられた障害「色盲」』194頁〜195頁に収められている、「石原式色覚異常検査表」の「解説」です。
「石原式」というのは、私も受けた「いろいろの色の点々の・・・」試験です。石原忍という人が考案したので「石原式」。かれは、1926年に陸軍軍医監になり、のち東大教授になった人。 いわば眼科の権威です。色盲検査という考え、そして考案された検査表は、世界的にも評価が高いそうです。「解説」というのは、その検査表につけられたものです。とても興味深いので、また引用しておきましょう。
注意:これは過去に関する資料です。現在のものではありません。
【引用】 「以上の他、色盲者の不適当であるべき職業は医師および薬剤師である。この二者は若し色盲の為に診断や調剤を誤ったならば、他人に危害を及ぼすような事がないとも限らぬ。この意味においてはなはだ危険ではあるが、しかし我が国のみならず欧州諸国においても未だ嘗てその実例を聞かない」。
「その他すべて色を取り扱う職業に色盲の適さないのは明らかである。すなわち化学者、画家、染物業者、印刷業者、呉服業者などである。これらは他人に危害を及ぼすというようなことは余り無いが、しかし本人の為に非常に不利益であって、若し色盲者がこれらの職業を選んだとすれば、到底生存競争に打ち勝つことは困難である」。
前段の文は理解するのに困難を覚えます。−−色盲のために診断や調剤を誤るといったことは「未だ嘗てその実例を聞かない」けれども「不適当であるべき」。
もしこれが、実態についての調査研究の結果として「実例を聞かない」という意味であれば、「不適当」であると判断する根拠はなくなり、つまり支障はないということになります。 また、もしそれが、この解説を書いた著者の伝聞の範囲内で「聞かない」という意味であれば、著者は根拠もなく自分の恣意的な臆測によって「不適当」と断じた(ないしそう予想した)、ということになります。
いずれにせよ、どうも科学的な合理性に欠けているように見えます(1)。
これでは、問題を指摘しているというよりも、「他者を危険にさらす問題的な色覚少数者」という像をつくりあげていることになりましょう。
後段、「生存競争」との文言からは、これが著された時代の世界観・人生観を、うかがい知ることができます。
この用語は「社会ダーウィニズム」(2)と呼ばれる考え方に特徴的なものです。社会ダーウィニズム(社会進化論という場合もある)によれば、社会生活も生物界と同じで、環境によりよく適応したものが生き残り、そうでないものは消えていく。そうした「最適者生存」が自然法則だ。社会も、そのような優勝劣敗の「淘汰」「生存闘争」の過程だ、というのです。しかもそれは「残念ながら社会の現実はそうなっている」というのではなくて、「それが社会進歩の原則なのだ」といったニュアンスさえ、もっていました。
ただし、石原氏の文面は、その「生存競争」を無批判に肯定しているのではなく、むしろ色覚少数者をいたずらに敗北者にしてはならない、というメッセージであるとも受け取れるでしょう。ほうっておけば自然に「淘汰」される、それでよいのだ、とは述べていないわけですから。
さて、この「解説」が色覚少数者の職業選択の自由を規制するべきだと訴える論拠は次の二点になるでしょう。両者は、ひとり色覚のことだけではなく、一時代の障害者観を代表しているかのようです。
- 「他人に危害を及ぼす」かもしれない
- 当人が「生存競争」してゆくことにとって不利である
驚くべきは、この解説が1921年の初版以来、1989年まで使われていたという事実です。